土壌から農業の未来や地球の将来を考える:高知大学農林海洋科学部・大学院総合人間自然科学研究科農林海洋科学専攻
高知大学農林海洋科学部・大学院総合人間自然科学研究科農林海洋科学専攻

研究紹介
持続可能な未来に向けて、農林海洋科学分野の研究が果たす役割は多岐に渡ります。
高知大学では多くの個性的な教員が、地の利を活かし世界に貢献できる様々な研究活動を行っています。

特集記事−Feature Article

SX―地球社会のサステナビリティに挑む ー海・川・土壌の環境保全の現場から

 土 壌

土壌から農業の未来や地球の将来を考える

田中壮太

[専門領域] 土壌学
[研究テーマ]
●東南アジア諸国の山地における農地土壌の物質動態解析
●国内土壌の肥沃度評価や土壌生成論的分析

土壌は、人の営みや地球環境問題と密接につながり合っている

 土壌環境に関して、今一番大きなトピックスと言えばやはり炭素です。世界が脱炭素社会に向かう中、二酸化炭素などの温室効果ガスの排出量の削減と、植林のような森林管理による吸収量の増加が急務となっていますが、二酸化炭素の吸収源はなにも陸上植物だけに限りません。実は、土壌の炭素貯留量は植物の3倍と言われています。そして、その土壌中の炭素量は、農業をはじめとする人の営みと密接かつ複雑に関係しています。
 森が開拓され農地に代わると、樹木植生からの落葉の供給が減り、また気温も上がるので、土壌有機物分解の方が大きくなって土壌中の炭素貯留量は減ってしまいます。しかし、農地がないと食料生産ができません。地球温暖化と同じく世界的課題である食料問題を考えると、森林の農地への転用を単純に“悪者”にすることはできません。
 一方、日本国内に目を向けると、政府は2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする「カーボンニュートラル」の実現を宣言しています。また、国が進める「みどりの食料システム戦略」では、農林水産業におけるCO2ゼロエミッションの実現や、化学肥料の使用量30%低減、有機農業の取組面積25%拡大などが掲げられています。
 現在の日本の食料自給率は38%と海外依存率が非常に高く、農業で使われる化学肥料はほぼ100%輸入に頼っています。カーボンニュートラル実現には輸入に起因する温室効果ガス排出を含めた対策が必須で、化学肥料を有機肥料、例えば家畜糞堆肥に置きかえれば解決できるのかというと、家畜の飼料もほぼ100%輸入の現状ではそんな簡単にはいきません。
 作物-家畜-環境(大気-水-土壌)間のあらゆる物質循環を考えながら、問題に向き合っていくことが必要なのです。

東南アジアの農地の物質動態を解析

 みなさんは「緑の革命」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。緑の革命とは、1960年代から1970年代にかけて、主に途上国で行われた大規模な農業技術革新のことです。従来の伝統的な農業を改め、高収量品種の導入や化学肥料・農薬の大量投与、灌漑設備の整備などを農業技術パッケージとして普及させ、穀物の大量増産を達成しました。
 そこから約半世紀の時が経ち、その緑の革命によって土壌環境はどう変わったのでしょうか。私もそういった土壌の変化に興味を持った一人で、特に東南アジアをフィールドに研究を展開してきました。研究対象としているのは、タイ、マレーシア、インドネシア、フィリピンなど。その中からほんの一部をご紹介します。

フィリピン・マヨン山で火山灰土壌の生成プロセスや特性を調査

 ここでは、私のような土壌学者がどのようなスタイルで海外研究をしているのかを紹介しましょう。フィリピンのルソン島南部に、マヨン山という有名な火山があります。ほぼ完全な円錐状のとても美しい成層火山で、過去に何度も大規模な噴火を繰り返しています。マヨン山は、地理的に台風の通り道でもあり、山の東側(海側)は雨風を多く受けて土壌侵食も激しいという特徴があり、水資源が豊かであるため、裾野には広大な水田地帯が広がっています。逆に、山影にあたる西側は特に乾季には雨が比較的少なく、畑作が卓越しています。そして、事前の視察でマヨン山の周りを一周して、どうも土壌が場所場所で違っているようだ。そういった感触を持ちました。
 そこで、我々は2019年からこのマヨン山周辺の土壌についての研究を行っています。火口からの方位や距離に着目して、気候条件の違いや火山灰の分布の違いなどによって土壌生成や特性にどのような特徴・違いがあるのかを解析しています。
 火口からの距離と方位の組み合わせで様々な場所を掘っていきますが、この時、もちろん重機などは投入できないため、熱帯の日差しが照り付ける中、すべて手掘りです。どの深さまで掘るかは、現場で土を見ながら“研究者として納得がいくまで”です。同行した学生たちは泣きながら(笑)、でも楽しそうに一緒に掘ってくれます。
 土壌を上から見るのではなく、穴に入り込んで、「土の横顔」-土壌断面を観察します。土の色や固さが深さとともにどのように変わってくるのか、植物の根っこがどこまで入っているのか、触感、匂いなど、その場でないとわからないものがあるからです。そして、土壌試料を採取し、高知大学に持ち帰って、化学分析や鉱物分析をして、土壌断面の観察結果と併せて、この土壌はこのように出来上がったとか、このような特性を持っているとか、他の場所、さらに他の地域や他の国の土壌とこのように違うとかを解析していきます。このような作業を地道に繰り返すことで、農業の発展や環境保全、つまり我々人類の未来を考える上で、何が課題なのか、どうすればよいのかが明らかになってきます。
 海外調査では、日本人だけでなく、観光客も全くいないような所に行くこともあります。現地の人々も我々を観光客とはみてくれません。学生さんには、土壌だけでなく、現地の人々の生活や食事、文化、普通の観光旅行では味わえない、活きた経験して欲しいと願っています。ローカルな食事だけでなく、調査中には、写真のココナツのように穫れたての熱帯フルーツにチャレンジできることもあります。

常に噴煙をたなびかせている活火山 マヨン山(ルソン島南部、標高2463m)

 

土壌調査の様子。どこまで掘るかは、研究者が納得のいくところまで!

 

土壌断面を観察

海外調査の醍醐味は、現地の人々の生活や食事、文化を肌で感じられること

原点でありライフワークでもある焼畑農業の研究

 私がこの分野に入るきっかけとなったのが、東南アジアの焼畑農業です。商品経済の拡大や冒頭でお話した緑の革命によって、アジア諸国はそれまでの伝統的な自給自足型の農業から高収量を目指す現代的な農業に移行し、さらに人口増加による土地不足もあり、1980年代には山地で生活していた焼畑民にまで影響が及ぶようになりました。本来の焼畑は、持続的かつ循環的な農業です。樹木を伐採し、焼き払ってその灰を養分として作物を1~2年間栽培します。焼却熱は雑草や害虫の防除に役立ちます。地力が落ちたら、10年ほど土地を休閑し、別の土地に移動して焼畑にします。休閑中の土地は、落ち葉や雑草などの有機物がまた土壌中に入り込み、地力を蓄えます。これを繰り返すことで、必要な作物を自給し、休閑中の森からも食料や材木などを採取でき、循環的に土地を利用して、生活することが可能になります。
 私が初めて東南アジアを訪ねたのは、タイの焼畑民の村で大学院の時でした。当時の村はまだ焼畑が中心で、村に入る道は舗装もされておらず雨季には足元が悪すぎて歩くのが大変でした。今では焼畑はほとんどなくなり、休閑期間を挟まない常畑化が進んで、化学肥料を使ってダイズやキャベツなどを作っています。高知大学に教員として勤務するようになり、マレーシアのサラワク州、ボルネオ島の奥地の焼畑村でも研究を行いました。道路はなく、川をボートで上がっていくと、彼らの住居ロングハウスにたどり着きます。ここでも焼畑で生計を立てていました。しかし、変化のスピードは速く、今ではパーム油生産のアブラヤシのプランテーションがどんどん広がっています。

若かりし頃、海外調査で

 

焼畑をしていた畑は、今では一面の大豆畑となっている

 

村までに至る道中とロングハウス

以前は焼畑を行っていた(左)ところも、今はプランテーションに変化

 

 皆さんは、遠い国の出来事と思われるかもしれません。でも、スーパーマーケットやコンビニの枝豆やロールキャベツの袋に書かれている原産国を見てください。また、インスタントラーメンやチョコレートの原材料にはパーム油と書かれています。食料自給率38%が意味する現実です。東南アジアの山の中のローカルな問題ですが、世界経済の中でのグローバルな問題でもあります。
 さて、熱帯土壌の最大の特徴は、日本のような温帯の土壌と比べて風化が進んでいることです。風化が進んだ土壌は養分の保持力が弱く、化学肥料を入れても雨によって養分は簡単に流されてしまいます。さらに、高温多湿の条件ですので、生物活動が活発で、土壌の有機物は彼らのエサですので、どんどん分解されて減っていきます。持続的かつ循環的であった伝統的な焼畑農業が崩れ、化学肥料施用が前提の常畑やプランテーションに変化していくと、土壌はどのように変わるのでしょうか?もちろん一口に熱帯土壌と言っても、その性質は、気候や地質、土地の使い方などでさまざまです。そのため、同じ土地を研究対象として、土壌の変化を継続的に追いかけて見ていく必要があります。私のライフワークとして今後も続けていきたいと考えています。

 

 このような焼畑研究を通して、私自身、土壌はそこに生きる人々の農業や人の暮らし、文化、伝統などと深く結びついているということを学んできました。人々は、土について深い知識を持っています。民族ごと、あるいは個人個人で、土の色や粘り具合、作物の出来具合など知識や経験に基づいた独自の土壌分類や肥沃度評価方法があり、そういった知識や経験を使って栽培する作物や管理の仕方を決めていることがあります。ですから、我々は、現地の農民や農業指導を行う普及員への聞き取り調査も行います。彼らの経験に基づく土の見方が我々の科学的な分析と一致するのかどうか、科学に基づいた土の知識を現地の人に理解してもらうためにはどういう言葉で伝えればよいのか、そういったことも考えながら調査を行っています。農学の面白さは、科学を駆使した研究の中で、そういった民俗学的な事象にも触れられるところです。サイエンスだけではない、文理融合的な探求も、土壌学の醍醐味の一つだと感じています。

 

現地での聞き取り調査の様子

高知県のユズやショウガの生産環境を調査

 さて、我々の研究室では、高知県の農地の土壌環境についても研究を行っています。最近取り組んでいるのは、県西部の三原村のユズ園と、四万十町のショウガ畑です。三原村では、水田を転換してユズ園にしていますが、園地間だけでなく、一つの園地内でも場所によって生育にばらつきが出て困るということで、調査の依頼が入りました。水田で稲を作る場合、作土(表層の土)の深さは20cmもあればよいのですが、果樹だと根が深くまで張るので50cmは必要です。中山間地である三原村は、もともとの水田の立地環境がさまざまで、1m近い深い土壌もあれば20cmもない浅い土壌もあり、乾きやすい土壌もあれば、水を引き込まなくても水が湧き出るような土壌もあります。さらに、水田はそもそも水漏れしないように作土の下に「盤」と呼ばれる締め固めた層があり、その「盤」の状態も圃場間で様々です。調べていくとそういった土壌環境の違いでユズの生育に違いが出ていることがわかりました。
 一方、ショウガは高知県が生産量日本一ですが、その中でも最大の生産地が四万十町です。このショウガ、実は病害が多い作物で、圃場の3~4割で病気が発生していると言われています。現地で農家の方に聞き取りをすると、経験的に水が溜まりやすい圃場や、同じ畑でも排水口付近で病気が出やすいとのことでしたが、科学的な裏付けはなく、生産者の間で知識の共有もできていませんでした。そこで我々は、様々な立地条件の圃場で土壌断面を調査し、土壌サンプルを採取して分析を行うことにしました。
 ショウガ畑はもともと水田だった農地を転用したものも多く、ここでも盤の影響が予想されていましたが、掘ってみるとさらに興味深いものが見つかりました。それが、7300年前に今の鹿児島県の南方にある鬼界カルデラの噴火により堆積したアカホヤと呼ばれる火山灰に由来する土壌です。17世紀ごろ成立した清良記では音地(おんじ)と呼ばれ、今も土壌学分野ではこのような土壌を音地、黒色の表層土は黒音地、赤味の強い下層土は赤音地と呼んでいます。面白いことに、地元では音地という呼び方は今ではほとんど使われていません。四万十町では音地が一様に分布しているのではなく、アカホヤ堆積後の侵食や現在の圃場整備事業の影響を受けて、多様な土壌になっています。どうもこのような多様な土壌の性質が、病気の発生程度にも関係しているのではないかと仮説を立て、引き続き研究を進めています。

オレンジ色の層が7300年前のアカホヤ堆積でできた赤音地層

土を通して、何を見るか?

 皆さんはふだんあまり意識していないかもしれませんが、日常生活の中で我々は毎日、土を見ています。例えば、黒い土と赤い土、黄色、青灰色がありますが、この違いは何だかわかりますか?土壌の有機物と鉄の色です。土壌の有機物が多いほど土壌は黒くなります。したがって、落葉は堆肥が入ってくる表土は黒味を帯びています。一方、酸化鉄、サビのようなものですが、酸化鉄の形態によって赤い色や黄色になります。また、水田のような還元的な環境下では、鉄が還元されイオンの形態になることで、青灰色になります。
 皆さんは豊かな土壌は黒い色をイメージするでしょう。それは有機物に富み、生物も豊富であることを意味しています。アフリカの大地はどうでしょうか?赤い土壌をイメージしませんか。アフリカの土壌は風化が進み、水に溶けやすい元素は失われ、残りかすとしての酸化鉄が土壌に残留することで赤味を帯びています。肥沃度の低い、年老いた土壌と言って良いでしょう。日本は温暖で多雨ですので、同じように風化が進みそうですが、山地では急峻な地形のために表土が少しずつ流され、下層土が新しい表土になっていきます。流された土壌は川の氾濫を通して、下流に堆積していきます。これを繰り返すことで土壌は若返っているのです。土壌は年老いることもあれば、若返ることもある、人の手によって健康を保つこともあれば、不健康になることもある。そう、土壌は生きているのです。
 土壌学の分野では、世界や日本国内の様々なフィールドに入って土を掘り、観察し、研究室では先端機器を駆使して土壌のサンプルを分析します。時には、人の営みに関わる文理融合的な視点や、地球の成り立ちを紐解くような壮大な事象にまで触れることもできます。ラボの中だけでなく、もっと広い世界に飛び出してみたいという人には、とてもおすすめの分野。皆さんも高知大学に来て、我々と一緒に世界の土を掘りに行きませんか?

 

教員と学生の距離感の近さもこの研究室の特徴

スコップ片手に現場に飛び出す!