2006年12月 キマダラハゼ Astrabe
flavimaculata
Akihito et Meguro, 1988 (スズキ目ハゼ科) シロクラハゼ属(genus Astrabe)は,全長5〜6cmの日本固有のハゼ科魚類で,シロクラハゼ
A. lacticella Jordan and Snyder, 1901, キマダラハゼ A. flavimaculata
Akihito et Meguro, 1988, シマシロクラハゼ A. fasciata Akihito
et Meguro, 1988の3種を含みます (Akihito et al., 2002).本属は頭部が縦扁し,顔つきはややセジロハゼ属やミミズハゼ属に類似しますが,体はやや短く側扁し,写真のように茶褐色の地色に特徴的な白色や淡黄色の斑紋をもつことで,本科の他属と容易に識別できます.本属は九州と本州の中部から北部に分布し,沿岸浅所の転石帯や岩礁性海岸のタイドプールに生息します(瀬能ほか,2004).本属の採集例は少なく,シロクラハゼは宮城県,千葉県天津小湊,三浦半島三崎,伊豆半島,三重県志摩半島和具から,キマダラハゼは伊豆大島,相模湾,伊豆半島,鹿児島馬毛島,種子島から,そしてシマシロクラハゼは長崎県南部,兵庫県香住,新潟県佐渡島,青森県竜飛岬からそれぞれ標本あるいは水中写真により記録されています
(Akihito and Meguro, 1988; 鈴木・宇野, 1992; Akihito et al., 2002;
瀬能ほか, 2004).
2006年9月に土佐市横浪半島先端部に位置する白の鼻のタイドプール(潮下帯の水深1.5 m)から,キマダラハゼを1個体採集しました.キマダラハゼは,眼上皮弁の後端が突出せず(他の2種では明瞭に突出する),体の斑紋が淡黄色で(他の2種では白色),項部の横帯の幅が狭い(シロクラハゼでは広い)ことで本属の他種と識別可能です(瀬能ほか,2004).本標本の特徴は,これらの識別形質によく一致しました.また,本種は斑紋の変異の幅が広く,本標本には胸鰭や背鰭に小斑点がほとんどありません.さらに,第2背鰭起部の横帯は腹中線に達しない個体も知られています(本標本ではホロタイプと一致する).
これまでに四国沿岸からのシロクラハゼ属成魚の記録ありませんが,道津・塩垣 (1971)は須崎沖で行われたシラスのパッチ網漁の漁獲物中から本属の仔稚魚
13 個体(全長 6.7~12.0 mm)を発見し,長崎県野母崎産および鹿児島馬毛島産の標本とともにシロクラハゼとして報告しました.しかし,須崎産の標本はいずれも状態が悪いことから,この論文中では図示されませんでした.その後,Akihito and Meguro
(1988) は道津・塩垣 (1971)が扱った標本のうち,調査できた鹿児島産の5個体をキマダラハゼと同定しました.須崎産の仔稚魚標本については,Akihito
and Meguro (1988)は言及せず(所在不明であったのか?),どの種であるかは不明です.いずれにせよ,本標本はキマダラハゼの四国初記録であり,伊豆周辺と鹿児島県種子島周辺の分布のギャップを埋める記録となります.
参考文献 Akihito,
Prince and K. Meguro. 1988.
Two new species of
goby of the genus Astrabe from Japan. Japan. J. Ichthyol.,
34: 409-420. Akihito, K. Sakamoto, Y. Ikeda and K.
Sugiyama. 2002. Gobioidei.
Pages 1139-1310, 1595-1619 in T. Nakabo, ed. Fishes of Japan with pictorial
keys to the species, English edition. Tokai University Press,
Tokyo. 道津喜衛・塩垣 優.
1971. シロクラハゼの仔,稚魚および若魚.魚類学雑誌,
18: 182-186. 瀬能 宏・鈴木寿之・渋川浩一・矢野維幾.
2004. 決定版 日本のハゼ.平凡社,東京. 536pp. 鈴木寿之・宇野政美. 1992. 山陰但馬で採集・確認された魚類の日本海初記録種および稀種.伊豆海洋公園通信,
3(10): 2-5.
写真標本データ BSKU 79563,32 mm SL ,2006年9月11日,高知県土佐市宇佐横浪半島白の鼻タイドプール,採集者:遠藤広光,写真撮影:岡本沙知
(遠藤広光)
2006年11月 コノシロ Konosirus
punctatus
(Temmink et Schlegel, 1846) (ニシン目ニシン科) コノシロは全長25cmに達するニシン科コノシロ属の唯一の種で,南シナ海北部の中国や台湾から朝鮮半島の沿岸,新潟および宮城県以南の日本沿岸域まで分布する北西太平洋の固有種です.本種は沿岸から内湾にかけて生息し,春の産卵期には汽水域に集まり,夜間に産卵します.コノシロの腹部縁辺には,稜鱗(りょうりん)と呼ばれる発達した鱗が並び,背鰭最後の鰭条は伸長します.また,体側から腹部にかけて銀白色で,背側には黒色点列が並び,鰓蓋の後方には黒色斑紋があることも特徴です.これらの特徴は,日本産のニシン科のうち,ドロクイ属
Nematalosa の2種,ドロクイ
N. japonica
Regan, 1917 とリュウキュウドロクイ N.
come (Richardson, 1846)と共通します.しかし,コノシロは上顎後方の形が直線的で,背鰭前方の正中線上で左右の鱗が重ならないことで,これら2種と識別できます.
出世魚であるコノシロは成長にともない地方名が,「 シンコ(新子)」,「 コハダ(小肌)」,「ナカズミ」,「コノシロ」と4回変わります.このうち,
若魚の「シンコ」や「コハダ」は“ひかりもの”の寿司ネタとしてよく知られています. 最近では漁獲量の減少から,とくに初物の「シンコ」(生後4ヶ月程度,梅雨明け時期)は相当な高値で取り引きされます.コノシロの旬は秋から冬で,成長したナカズミやコノシロは寿司ネタにはならず,正月用の粟漬けになるそうです.秋祭りの食材とされたことや旬の時期から,漢字の“このしろ”には魚偏に「祭」や「冬」が使われています.
*高知県のドロクイの解説(町田吉彦)は高知県文教協会ホームページの「土佐の自然」ギャラリー第2集にあります.
参考文献 Aonuma,
Y. 2002. Clupeidae.
Pages 243-247, 1463 in
T. Nakabo, ed. Fishes of Japan with pictorial keys to the species.
English edition. Tokai University Press, Tokyo. Nelson, J.S.
2006. Fishes of the
world, 4th edn. Wiley, New York. Whitehead,
P.J.P. 1985. FAO species catalog. Clupeoid
fishes of the world (suborder Clupeoidei). Part 1 - Chirocentridae,
Clupeidae and Pristigasteridae. FAO Fish. Synop. No. 125, v.
7 (pt 1): i-x + 1-303.
写真標本データ BSKU 74319,203 mm SL ,2005年4月8日,高知県幡多郡黒潮町入野漁港
(遠藤広光)
2006年10月 リュウキュウヤライイシモチ Cheilodipterus macrodon (Lacepede, 1802) (スズキ目テンジクダイ科)
テンジクダイ科は,2亜科23属約273種を含む大きなグループで,熱帯から温帯水域にかけて分布し,おもにサンゴ礁や浅海の岩礁域に生息します.本科魚類はいずれも小型で,体長はおよそ5〜15cm前後です.多くの種では,繁殖期に雌が産み出した卵塊を雄が口の中へ入れて,ふ化まで保護する習性(口内保育)をもつことが知られています.ヤライイシモチ属(genus
Cheilodipterus) は,インド-太平洋域に分布する15種を含み,体型はやや細長く,両顎に犬歯状歯を備え,上主上顎骨や櫛鱗をもつこと,背鰭鰭条数(IV-I,
9)などの特徴で他の属と識別できます.南日本には,スダレヤライイシモチ (C. artus),カスミヤライイシモチ(C.
sublatus),ヤライイシモチ (C. quinquelineatus),そしてリュウキュウヤライイシモチの4種が分布し,前2種ではそれぞれ沖縄と奄美諸島が,後2種はそれぞれ和歌山県と千葉県が北限です.和名に「琉球」を冠していますが,南日本の太平洋岸ではリュウキュウヤライイシモチがもっとも北まで出現します.
リュウキュウヤライイシモチは,本属では最大の種で(おそらく本科でも最大),標準体長20cmに達します.大きな犬歯状の歯,頭と体側に並ぶ8本の細い縦縞*,尾鰭の上下に入る暗色線をもつことが特徴です.体の縞模様は成長により変化し,幼魚では交互に太い縞と細い縞が並びます.また,幼魚期には尾柄部に大きな黒色斑があり,その後成長にともない消失します.テンジクダイ科の縞模様や斑紋は,属や属内のグループにより,縦や横の縞,斑紋などいくつかのパターンが見られ,いずれも種の認識に役立つと考えられています.また,体の模様と系統類縁関係は,最近テンジクダイ属(genus
Apogon) について,分子系統学的解析をもとに詳しく調べられました.この結果によると,やはり模様と系統には関連性がありそうで,これまで骨格などの特徴により設けられた亜属がいくつかの系統を含む可能性も指摘されています.ヤライイシモチ属の種は,すべて縦縞をもつこと(その数は1本から十数本と様々ですが)や形態学的な特徴から,おそらく単系統群(共通の祖先から進化したグループ)と考えてよいかもしれません.
*魚類の縞は,体を垂直に立てた場合の縦横を見るので,本種では「縦縞」で,例えばイシダイでは「横縞」となります.
参考文献 Aonuma,
T. 2002. Soleidae.
Pages 1383-1387, 1629-1630
in T. Nakabo, ed. Fishes of Japan with pictorial keys
to the species. English edition. Tokai University Press, Tokyo. Gon,
O. 1993. Revision
of the cardinalfish genus Cheilodipterus (Perciformes:
Apogonidae), with description of five new species. Indo-Pacific
Fishes, (22): 1-59. Mabuchi, K., N. Okuda and M.
Nishida. 2006. Molecular
phylogeny and stripe pattern evolution in the cardinalfish genus
Apogon. Mol. Phylogen. Evol., 38: 90-99. Nelson, J.S.
2006. Fishes of the
world, 4th edn. Wiley, New York 奥田 昇.2001.口内保育魚テンジクダイ類の雄による子育てと子殺し.Pages 153-194
in 桑村哲生・狩野堅司,編.魚類の社会行動1.海游舎,東京.
写真標本データ BSKU 75470,136 mm SL ,2005年7月16日,高知県宿毛市沖ノ島久保浦の水深8m,採集者:遠藤広光
(遠藤広光)
2006年9月 ハリダシエビス Aulotrachichthys
prosthemius
(Jordan et Fowler, 1902) (キンメダイ目ヒウチダイ科) ハリダシエビスは体長約15cmに達する小型のキンメダイ目魚類で,南日本の太平洋沿岸(房総半島から高知沿岸)や日本海南部沿岸(但馬沖),ハワイ諸島周辺(オアフ島沖)から記録されています(Gon,
1987; 鈴木・細川, 1994; Nakabo, 2002).本種を深海性とする文献もありますが,沿岸の定置網,沿岸から沖合いの底びき網漁で混獲されることから,およそ水深20mから300mまで広く生息するようです.
ハリダシエビスが属するヒウチダイ科は8属約39種を含み,その半分をヒウチダイ属(Hoplostethus)の種が占めます.ハリダシエビス属
Aulotrachichthys(9種を含む) と Paratrachichthys (3種を含む)の2属は外見がよく似ており,以前にはひとつの属Paratrachichthysにまとめられていました.両属は肛門が腹鰭の間に位置することで,他のヒウチダイ科魚類(臀鰭直前に位置)とは明瞭に異なります.また,肛門と臀鰭間には発達した鱗の1列(“稜鱗”りょうりん)を備えます(他のヒウチダイ科では肛門の前方にある).Fowler
(1938)は,Aulotrachichthys を,頭部下面の喉部から胸部に位置する発光器と肛門直後から尾柄部に伸びる1対の長い発光器をもつという特徴から,Paratrachichthys
の亜属として新設しました(Paratrachichhtys には発光器がない).最近では,Aulotrachichthys
を独立の属として扱う研究者が多く,日本でもハリダシエビスの属名が変更されました.日本に分布する同属のもう1種は,インド洋や沖縄舟状海盆からの記録があるミナミハリダシエビス
A. sajademalensis (Kotlyar, 1979) です.ハリダシエビスは後側頭骨に棘をもつことや尾柄部へ延びる発光器が長いことなどで,ミナミハリダシエビスと識別されます.本属の発光器にはレンズがなく,半透明の筋肉で被われており,発光バクテリアとの共生によって光ることが知られています(羽根田,1983).
参考文献 Fowler,
H.W. 1938. Descriptions
of new fishes obtained by the United States Bureau of Fisheries
steamer "Albatross", chiefly in Philippine seas and
adjacent waters. Proc. U. S. Natl. Mus. 85 (3032): 31-135. 羽根田弥太.1983.発光生物の話.よみもの動物記.北隆館,東京.241pp.
Gon,
O. 1987. New records
of three fish species from Hawaii. Jpn. J. Ichthyol. 34 (1):
100-104.
Jordan,
D.S. and H.W. Fowler. 1902. A
review of the berycoid fishes of Japan. Proc. U. S. Natl. Mus.
26 (1306): 1-21. Kotlyar,
A.N. 1996. Beryciform
fishes of the world ocean. VNIRO Publishing. Beryciform fishes
world: 1-368. Nakabo, T. 2002. Soleidae.
Pages 1383-1387, 1629-1630
in T. Nakabo, ed. Fishes of Japan with pictorial keys
to the species. English edition. Tokai University Press, Tokyo. 鈴木寿之・細川正富.1994.山陰但馬で採集・確認された魚類の日本海初記録種.I.O.P. DIVING NEWS,
5(4): 2-6.
写真標本データ BSKU 74369,約6 cm SL ,2005年4月18日,高知県幡多郡黒潮町入野漁港で採集
(遠藤広光)
2006年8月 ナメハダカ Lestidium
prolixum
Harry, 1953 (ヒメ目ハダカエソ科) ハダカエソ科(Family
Paralepididae) は,13属約56種を含む中深層性のグループで,日本周辺からは10属21種が知られています.本科魚類の体型は,口が大きく体が細長い点で,スズキ目のカマス科魚類にやや似ています.そのためでしょうか,本科の英名は“barracudina”です.ご存じの通り“barracuda”はカマス科の英名であり,カマス科の大型種のオニカマス
(Sphyraena barracuda) に由来したものです.しかし,ヒメ目に属するハダカエソ科は,スズキ目のカマス科とは系統的に遠く離れ,同じく中深層性のデメエソ科やヤリエソ科,ミズウオ科と近縁だと考えられています. 日本産のハダカエソ科のうち,ナメハダカ属 (Lestidium) とハダカエソ属
(Lestrolepis) は,頭部から腹鰭までの腹中線上に,それぞれ1本と2本の長い発光器をもつことが特徴です(フタスジナメハダカ
Lestrolepis intermedia の写真はこちら).また,ナメハダカは最大で全長約30cmに達し,体は半透明で,脂鰭をもちます.本種は北西大平洋の固有種で,南日本の太平洋岸沖(駿河湾以南)から沖縄舟状海盆にかけて分布し,水深およそ200〜600mで採集されています. ナメハダカは,日本の著明な魚類学者である松原喜代松博士が,熊野灘で採集した6個体の標本に基づき,Lepstidium nudum
Gilbert, 1905 (新称:ナメハダカ)として1938年の論文で初めて報告しました.その後,フィラデルフィアの自然史博物館の研究者であった
Robert R. Harry 博士は,Matsubara (1938) の L.
nudum が未記載種であることに気がつき,1953年に2個体の標本に基づき新種として記載しています.本種のホロタイプ(スタンフォード大学
[SU] に保管)は,松原喜代松博士により1937年に熊野灘沖で採集された標本のうちの1つが寄贈されたもので,パラタイプはハゼ類の分類で著明な富山一郎博士(東京大学)が1930年に鹿児島沖で採集したものです(東京大学総合博物館に保管).なお,L. nudum の基産地はハワイ諸島近海で,日本周辺からは記録されていないようです.
参考文献 Harry, R.R. 1953. Studies on the bathypelagic
fishes of the family Paralepididae (order Iniomi). 2. A revision
of the North Pacific species. Proc. Acad. Nat. Sci. Phila., 105:
169-230. Matsubara, K. 1938. Studies on deep-sea fishes of Japan.
VII. On some rare or imperfectly known lantern-fishes found in
Kumano-nada. J. Imper. Fish. Inst., 33(1): 52-60. Nelson, J.S.
2006. Fishes of the
world, 4th edn. Wiley, New York
写真標本データ BSKU 73855,ca.15 cm SL,2004年12月1日,高知市御畳瀬魚市場,大手繰網 BSKU 73856,ca.15 cm SL,2004年11月30日,高知市御畳瀬魚市場,大手繰網
(遠藤広光)
2006年7月 マンボウ Mola
mola
(Linnaeus, 1758)(フグ目マンボウ科)
やって参りました.今月はフグ目にお鉢が回って来ましたのでマンボウです.
マンボウはフグ目マンボウ科に属する大型の魚類で,体長が最大で3m以上になり,3億個以上の卵を産むことが知られています.ただし,現在でも生態学的なことはよく分かっていません.高知県では主に晩秋から春にかけて定置網で漁獲されており,稀に食卓に上ります.
マンボウの学名のMola molaの "mola" とはラテン語で臼歯という意味であり,その名前のとおりマンボウの上下の顎には一対の臼状の歯があります.また,体の筋肉の大部分が鰭を動かす筋肉(つまりヒラメやカレイなどの縁側と同じ筋肉)であり,食用とされている部位はすべて縁側ということになります.体に占める縁側の比率がヒラメやカレイの3倍以上あり,彼らなんて目じゃありません.つまりマンボウこそは隠れた縁側の王様,泳ぐ縁側なのです.またマンボウの脳はたいへん小さく,脳重量が体重の0.01%以下しかありません.これは他のフグ目魚類と比較して30分の1以下という大きさしかなく,乱暴に言っちゃうと「マンボウはあまりものを考えていない」ってことになります.
近年の遺伝的な研究により,日本には遺伝距離の遠い2つのマンボウ集団が存在することが報告されています.日本周辺で採集された3m前後のマンボウのDNAと1m前後のマンボウのDNAが違ったわけです.今後の研究により,これら2タイプのマンボウが別種として認識されるかも知れません.そうなりますと,マンボウが3m以上になり,3億以上の卵を産んでいたのではなくて,“新しいマンボウ”が3m以上になり,3億以上の卵を産んでいたということになるかも知れません.わかっているようで,わかっていない,マンボウの世界もまだまだ奥が深いのです.
参考文献
Nelson,
J.S. 2006. Fishes
of the world, 4th edn. Wiley, New York Sagara,
K, Y. Yoshita, M. Nishibori, H. Kuniyosi, T. Umino, Y. Sakai,
H. Hashimoto and K. Gushima. 2005. Coexistence
of two clades of the ocean sunfish Mola mola (Molidae)
around the Japan coast. Jpn. J. Ichthyol., 52:35-39
写真標本データ BSKU 75162, 44 cm TL, 2005年2月1日,静岡県伊東市富戸,定置網(写真撮影:中江雅典) 小型個体の標本写真はこちら
(中江雅典)
2006年6月 イナカヌメリ
Draconetta xenica Jordan et Fowler, 1903(スズキ目イナカヌメリ科)
イナカヌメリは小型の底生性魚類で,砂泥底を好み,大陸棚や海山の水深128−350mに生息します.本種は顕著な性的二型を示し,雌雄で色彩と形態が異なります.オスの体と鰭は黄色を帯び,たいへん美しく鮮やかです.また,オスの第1背鰭はメスのものより高くなります.本種の特徴としては,背鰭の棘が軟らかいこと,第2背鰭と臀鰭がともに12
軟条であること,主鰓蓋骨の後向棘が上方に強く湾曲することなどが挙げられます. Jordan
and Fowler(1903)は駿河湾の水深約180mで採集された1個体に基づき,イナカヌメリを新属新種として記載しました.また,彼らは同時にイナカヌメリ科(Draconettidae)も創設しています.この原記載以降,日本周辺では土佐湾を中心に,南日本の太平洋岸沖で本種が記録されており,九州−パラオ海嶺からも1個体が採集されています(Yamamoto,1982).国外ではケニア南部,南シナ海およびハワイ諸島からの報告があり,本種の分布域はアフリカ東岸からハワイ諸島にかけてのインド−太平洋域のようです(Fricke,1992). イナカヌメリ科はイナカヌメリ属(Draconetta:本種のみ)とハナガサヌメリ属(Centrodraco:およそ11種)からなり,ネズッポ科(Callionymidae)とともにネズッポ亜目(Callionymoidei)を構成します(Nelson,2006).Briggs
and Berry(1959)は外部形態と骨格の観察から,本科の多くの形質がネズッポ科のものより原始的だとしています.
参考文献 Briggs, J.C. and F.H. Berry.
1959. The Draconettidae
-- a review of the family with the description of a new species.
Copeia 1959(2):123-133 Fricke, R. 1992. Revision of the family Draconettidae
(Teleostei) with descriptions of two new species and a new subspecies.
J Nat Hist 26(1):165-195 Jordan, D.S. and H.W. Fowler.
1903. A review of
the dragonets (Callionymidae) and related fishes of the waters
of Japan. Proc US Nat Mus 25:939-959 Nakabo, T. 1982. Revision of the family Draconettidae.
Jap J Ichthyol 28(4):355-367 Nelson, J.S. 2006. Fishes of the world, 4th edition.
John Wiley & Sons Inc., New York, 600 pp Yamamoto, E.
1982. Draconettidae.
In: Okamura O, Amaoka K and Mitani F (eds) Fishes of the Kyushu-Palau
Ridge and Tosa Bay. Japan Fisheries Resource Conservation Association,
Tokyo, pp 292-295, figs 210-212
写真標本データ
BSKU 78305,83.9 mm SL,雄,2006年5月16日,土佐湾中央部,水深150m,調査船こたか丸採集;BSKU
77495,76.8 mm SL,雌,2006年5月17日,土佐湾中央部,水深150m,調査船こたか丸採集(写真撮影:中山直英)
(中山直英)
2006年5月 セトウシノシタ Pseudaesopia
japonica
(Bleeker, 1860) (カレイ目ササウシノシタ科) ササウシノシタ科
(Family Soleidae) は,熱帯から温帯水域の沿岸から大陸棚上の砂泥底に生息する小型のカレイ目魚類で,世界で35属約130種が知られています*
(Nelson, 2006).カレイ目の中では,本科はダルマガレイ科(12属約140種を含む)に次ぐ種数を含む大きなグループです.日本周辺には11属17種が分布し,セトウシノシタは日本産の種の中ではもっとも北に出現し,函館から東シナ海まで水深100
m 前後の大陸棚上に広く分布します(Nakabo, 2002).日本産の本科魚類のうち,茶色と黄色の細かな縞模様をもつ種は,本種を含め,サザナミウシノシタ
Soleichthys heterorhinos,ツノウシノシタ Aesopia cornuta,シマウシノシタ
Zebrias zebrinus,オビウシノシタ Z. fasciatus の計5種がいます.このように目立った模様には何か意味があるのでしょうか?熱帯水域にすむサザナミウシノシタ属(genus
Soleichthys) の中には,黒い体と背鰭と臀鰭,それに尾鰭に非常に目立つオレンジ色の縁取りをもつ種がいます(Randall,
2005).これは同じような体色をもつヒラムシ類の一種 (Pseudoceros periaurantias)
への擬態と考えられています.このようなヒラムシ類の警戒色は,食べると不味い,あるいは毒をもっていますよという信号で,擬態者はその体色に似せることで捕食を避けられるという利点があります.さらに,本科魚類の泳ぎ方は,海底上をすべるように移動するヒラムシ類に似ており,この擬態をより効果的に見せることでしょう.本種のような縞模様も何か他の動物に擬態しているのか,今のところ定かではありません.また,本科の中には,ミナミウシノシタ
Pardachirus pavoninus のように,背鰭と臀鰭,そして腹鰭の鰭条の基部から猛毒を含む粘液を分泌する種もいます.本科魚類は他のカレイ類と同様に底質に潜って隠れることはもちろんですが,擬態したり,毒を分泌したりと特殊な種を含むグループです.
*ササウシノシタ科のうち,1種のみがアフリカの淡水域に生息します.
参考文献 Nakabo, T. 2002. Soleidae. Pages 1383-1387, 1629-1630 in T. Nakabo,
ed. Fishes of Japan with pictorial keys to the species. English
edition. Tokai University Press, Tokyo. Nelson, J.S.
2006. Fishes of the
world. 4th edition. John Wiley & Sons, Inc., New York. pp.
600. Randall,
J.E. 2005. A review
of mimicry in marine fisnes. Zool. Stud., 44(3): 299-328.
写真標本データ:BSKU 75113, 122 mm SL, 2005年6月14日, 土佐湾中央部,水深役120 m,調査船こたか丸採集
(遠藤広光)
2006年4月 バラムツ Ruvettus
pretiosus Cocco,
1833(スズキ目クロタチカマス科) クロタチカマス科(Family
Gempylidae) はスズキ目サバ亜目に分類される深海性の一群で,現在16属約24種を含んでいます(Nelson, 2006).そのうち,日本周辺には11属12種が分布します(Nakabo,
2002).本科はタチウオ科に近縁で,極めて細長い体型のホソクロタチカマス(Diplospinus multistriatus
Maul)やクロタチカマス(Gempylus serpens Cuvier) は,尾鰭をもつタチウオ類(例えば,クロタチモドキ
Aphanopus arigato Parin やタチモドキ属 Benthodesmus)によく似ています.バラムツは1属1種で,最大全長3mに達する大型種で(通常は1.5
m程度),世界の熱帯から温帯水域に広く分布します.大陸棚斜面上部に生息し,夜間には水深100mまで浮上し(日周鉛直移動),およそ水深100〜700mに出現します. バラムツは深海の立て縄漁やマグロ延縄漁で混獲されますが,肉には大量のワックス(ロウ)成分が含まれており(脂が乗っていて大変美味しい),食べ過ぎると下痢をします.ただし,醤油漬けなどを網焼きにして十分に脂を落とせば,ある程度食べることはできるようです.そのため,本種の食品としての流通は禁止されていますが,一部には深海釣りの対象魚として人気があります.
参考文献 Nakabo, T. 2002. Gempylidae. Pages 1338-1341, 1624 in
T. Nakabo, ed. Fishes of Japan with pictorial keys to the species.
English edition. Tokai University Press, Tokyo. 中村 泉.2004.サバ亜目 Scombroidei.井田齋 編,Pp 296-303,改訂新版 世界文化生物大図鑑 魚類.世界文化社,東京. Nakamura,
I. and N.V. Parin. 1993.
FAO species catalogue. Vol. 15. Snake mackerels and cutlassfishes
of the world (Families Gempylidae and Trichiuridae). An annotated
and illustrated catalogue of the snake maclerels, snoeks, escolars,
gemfishes, sackfishes, domine, oilfish, cutlassfishes, scabbardfishes,
hairtails, and frostfishes known to date. FAO Fisheries Synopsis.
No. 125, Vol. 15. 136 pp., 200 figs. FAO, Rome. Nelson, J.S.
2006. Fishes of the
world. 4th edition. John Wiley & Sons, Inc., New York. pp.
600.
写真標本データ:BSKU 67232, 200 mm SL, 2003年11月14日, 高知市御畳瀬魚市場(大手繰り)で採集
(遠藤広光)
2006年3月 ミスジオクメウオ Barathronus
maculatus Shcherbachev,
1976(アシロ目ソコオクメウオ科)標本写真はこちら ソコオクメウオ科(Family Aphyonidae)
はアシロ目フサイタチウオ亜目に属する小型の深海底生性魚類(最大でも25cm程度)で,現在6属22種を含みます(Nielsen
et al., 1999).本科は胎生で,雄は交接器をもち,その形態はアシロ目の中でも極めて幼形進化的です(Nielsen,
1969).眼は著しく退化的かまたは消失し,半透明でゼラチン質の柔らかい体には鱗がなく,皮膚は遊離しています.また,背鰭,尾鰭と臀鰭は連続し,2属では腹鰭が消失しています.
本科の採集例は極めて少なく,一般にはほとんど知られていないグループかもしれません. 9種を含むオクメウオ属(Barathronus)
は,世界の熱帯から亜熱帯を中心に分布し,標本は水深229〜5,005 m と広い範囲から採集されています.日本近海では,1906年にアメリカ合衆国の調査船アルバトロス号が相模湾の水深
386-430 m で1個体の標本をトロール網により採集し,Nielsen (1969) はこの標本を未同定の"Barathronus
specimen" として報告しました.この標本とその後沖縄舟状海盆調査で採集されたBarathronus
sp. (Machida, 1984) は B.
maculatus と同定され,ミスジオクメウオの和名が付けられています(Nielsen and Machida, 1985).本種は南アフリカ沖で採集された1個体の標本に基づき,ロシア人の魚類学者
Yu. N. Shcherbachev により1976年に新種として記載され,Nielsen and Machida (1985)の論文が出版された時点では,世界で5個体の標本が知られるのみでした.その後,水産研究所の調査船こたか丸のトロール網により,土佐湾中央部の水深約700〜800
m から写真個体を含め3個体の標本が相次いで採集されています(Shinohara
et al., 2001).しかし,日本周辺から本科他種の記録はありません.本種の記録は南アフリカの東岸沖と南日本沖の2つの海域に限られており,その分布や生態は不明です.
参考文献 Nielsen J.G.
1969. Systematics
and biology of the Aphionidae (Pisces, Ophidioidea). Garathea
Rep., 10: 7-88. Nielsen J.G. and Y. Machida. 1985. Notes on Barathronus maculatus
(Aphyonidae) with two records from off Japan. Japan. J. Ichthyol.,
32: 1-5. Nielsen, J.G., D.M. Cohen, D.M. Markle and C.R.
Robins. 1999. FAO species catalogue.
Volume 18. Ophidiiform fishes of the world (Order Ophidiiformes).
An annotated and illustrated catalogue of pearlfishes, cusk-eels,
brotulas and other ophidiiform fishes known to date. FAO Fisheries
Synopsis. No. 125, Vol. 18, FAO, Rome. 178 pp, 136 figs. Machida,
Y. 1984. Aphyonidae. Pages
266-267, 375 in O. Okamura and T. Kitajima, eds. Fishes of the
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Concervation Ass., Tokyo. Shinohara, G., H. Endo, K. Matsuura, Y.
Machida and H. Honda. 2001. Annotated
checklist of the deepwater fishes from Tosa Bay, Japan. In Fujita,
T., H. Saito and M. Takeda (eds.), Deep-sea fauna and pollutants
in Tosa Bay. Natn. Sci. Mus. Monogr., Tokyo, 20: 283-343.
写真標本データ:BSKU 86066, 114 mm SL, 雌,土佐湾中央部,水深 763-803 m,こたか丸,オッタートロール網,1999年3月2日. 土佐湾で採集された他の標本:BSKU
44781, 145 mm SL, 雌,土佐湾中央部,水深約 700 m,こたか丸,オッタートロール網,1988年5月24日;BSKU 47732, 147 mm SL, 雄,土佐湾中央部水深 759-804 m,こたか丸,オッタートロール網,1990年4月25日.
(遠藤広光)
2006年2月 サイウオ属の一種 Bregmaceros
sp. (タラ目サイウオ科)黒バックの写真はこちら サイウオ科 (Family Bregmacerotidae)は,全長
5〜10 cm程度の小型のタラ目魚類で,体が細長く,頭頂部に1本の伸長鰭条をもつこと,腹鰭が著しく伸長すること,基底の長いほぼ同形の背鰭と臀鰭をもつことなどで特徴づけられます.本科はサイウオ属(Genus
Bregmaceros)のみを含み,現在世界で17種が知られ (Eschmeyer, 1998; Torii
et al., 2004),世界の大洋の熱帯から温帯水域に広く分布し,沿岸から沖合の中深層域まで出現します(Nelson,
1994).また,日本周辺にはサイウオB. japonicus,トヤマサイウオB. nectabanus,インドサイウオB.
arabicus,ミナミサイウオ B. mcclellandi,クロハラサイウオB. neonectabanus
およびセイヨウサイウオB. atlanticus の6種が分布するとされています(Nakabo, 2002).しかしながら,本属は多くの未記載種を含む上に,学名も極めて混乱しています.最近,鳥居聡尚(あきひさ)博士により本属の分類学的再検討が行われ,その結果は徐々に論文として公表されています(Torii
et al., 2003a, 2003b, 2003c, 2004).それらの論文うち,Torii et al. (2003a)
ではB. mcclellandi の再記載を行い,本種がアラビア海,ベンガル湾およびタイ湾に分布することを明らかにしました.そのため,Nakabo
(2002) がミナミサイウオB. mcclellandi(沖縄と小笠原周辺に分布)とした種の学名は不明で,日本未記録あるいは未記載種です.日本周辺にはおそらく10種以上が分布しているようです. これまでに土佐湾からは3種のサイウオ属(サイウオ,インドサイウオおよびトヤマサイウオ)が記録されています(Shinohara
et al., 2001).また,土佐湾のサイウオ類は夜間に表層付近へ浮上する日周鉛直移動を行い,ワニギスにより多く捕食されることが判明しました(Morohoshi
and Sasaki, 2003).2000年11月から12月にかけて土佐湾の海底水深100〜200m上で中央水産研究所の調査船天鷹丸が行なった夜間の表中層曳きネット(およそ水深30〜60m)により,多数のサイウオ類の標本が採集されています.この調査のサイウオ類を調べたところ4種が含まれていました(未発表).写真の標本は春野町沿岸で行われるシラスのパッチアミ漁で混獲されたものですが,天鷹丸調査でも多数採集されました.本種は先きに挙げた日本産の6種うち,トヤマサイウオに類似します.しかし,本種は臀鰭上の体側下方に明瞭な黒色色素胞の列をもつことや鰭条数などトヤマサイウオとは異なる点が見つかりました.この種も日本での未記録種あるいは未記載種のようです.
参考文献 D'Ancona, U. and G. Cavinato.
1965. Fishes of the family
Bregmacerotidae. Dana Rep., 64: 1-92. Eschmeyer, W. N. 1998. Part III. Species in classification. In:
W. N. Eschmeyer,ed. Catalog of fishes. California Academy of
Sciences, San Francisco, Pages 2175-2448. Morohoshi, Y. and K. Sasaki.
2003. Intensive cannibalism
and feeding on bregmacerotids in Champsodon snyderi (Champsodontidae):
evidence for pelagic predation. Ichthyol. Res., 50: 387-390. Nakabo,
T. 2002. Bregmacerotidae. Pages
415-416, 1490-1491 in T. Nakabo, ed. Fishes of Japan with
pictorial keys to the species. English edition. Tokai University
Press, Tokyo. Nelson, J. S. 1994. Fishes
of the world. 3rd edition. John Wiley & Sons, Inc., New York.
pp. 600. Shinohara, G., H. Endo, K. Matsuura, Y. Machida
and H. Honda. 2001. Annotated
checklist of the deepwater fishes from Tosa Bay, Japan. In Fujita,
T., H. Saito and M. Takeda (eds.), Deep-sea fauna and pollutants
in Tosa Bay. Natn. Sci. Mus. Monogr., Tokyo, 20: 283-343. Torii,
A., A. S. Harold, T. Ozawa, and Y. Iwatsuki. 2003a. Redescription of Bregmaceros mcclellandi
Thompson, 1840 (Gadiformes: Bregmacerotidae). Ichthyol. Res.,
50: 129-139. Torii, A., A. S. Harold, and T. Ozawa. 2003b. Redescription of type specimens of three
Bregmaceros species (Gadiformes: Bregmacerotidae): B.
bathymaster, B. rarisquamosus, and B. cayorum.
Mem. Fac. Fish. Kagoshima Univ., 52: 23-32. Torii, A., T. Ozawa, and
A. S. Harold. 2003c. Morphological
characters of Bregmaceros japonicus Tanaka, 1908 (Gadiformes:
Bregmacerotidae). Mem. Fac. Fish. Kagoshima Univ., 52: 23-32. Torii,
A., R. Javonillo, and T. Ozawa. 2004. Redescription
of Bregmaceros lanceolatus Shen, 1960 with description
of a new species Bregmaceros pseudolanceolatus (Gadiformes:
Bregmacerotidae). Ichthyol. Res., 51: 106-112.
写真標本データ:BSKU 74079, 44 mm SL,2004年12月18日,土佐湾中央部,高知県春野町沿岸のシラスパッチ網漁(春野漁港で採集),採集者:片山英里,平松 亘;写真:片山英里.黒バックの写真はこちら
(遠藤広光)
2006年1月 オオイトヒキイワシ Bathypterois
grallator
(Goode et Bean, 1886)(ヒメ目チョウチンハダカ科)
ヒメ目チョウチンハダカ科(Family Ipnopidae) には,深海域に広く分布する6属31種が知られています(Sulak,
1977, 1984; Shcherbachev and Sulak,1988; Sulak and Shcherbachev,
1988; 沖山,1988; Nelson, 1994).本科は有名な深海魚「三脚魚」の仲間であるイトヒキイワシ属(Genus
Bathypterois)を含み,日本周辺にはイトヒキイワシ属のイトヒキイワシ B. atricolor
Alcock, 1896 とナガヅエエソ B. guentheri Alcock, 1889 の2種のみが分布するとされてきました(沖山,1988;
Nakabo, 2002).しかし,日本周辺からは英名が「Tripod fish」である オオイトヒキイワシ B.
grallator の記録があるのですが,Nakabo (2002) の魚類検索図鑑(英語版)にも掲載されていません. 西部太平洋でのオオイトヒキイワシの記録について,Sulak(1977) はニューギニア東方海域(メラネシア海盆)での白鳳丸(旧
東京大学海洋研究所,現 JAMSTEC所属)による唯一の採集記録について記述しています.沖山(1988)はBathypterois
grallator にオオイトヒキイワシの和名を新たに付け,本種が大西洋からインド洋,西部太平洋の水深878〜3980mから記録され,最大体長は368
mm であることを表中に示しました.その後,Jones and Sulak(1990) はハワイ諸島周辺での深海底調査の映像に基づく記録を論文として公表し,その中で沖山宗雄博士の私信によると
Okiyama (1986) が第2回インド-太平洋魚類会議(東京で開催)で発表した本種の太平洋での記録(北緯20度,東経180度)が誤りで,正しい産地は土佐湾沖の水深2300〜2400mであることを記述しました(この標本はBSKU22841と判明).そのため,Jones
and Sulak(1990) が掲載した分布図の太平洋域には高知沖,メラネシアとハワイの計3海域にプロットが打たれています.Okiyama
(1986) が口頭発表した標本は,調べたところ論文等では公表されていないようです.さらに,最近では井田・松浦(2003:
64)監修・執筆による図鑑 NEO 魚には「バティプテロイス・グララトール」として標本写真が掲載され,分布には琉球列島と記述されています(写真標本が沖縄産かは不明,記録はJAMSTEC「しんかい6500」により撮影された画像に基づくようです).今回淡青丸の室戸沖の標本は,Okiyama
(1986)の土佐湾沖の記録とほぼ同海域,同水深で採集されたことになります.また,以前に行った室戸沖での深海カメラによる調査でも水深約2500mでイトヒキイワシ属の一種として確認されていました(遠藤ほか,1999).さらに,淡青丸のトロール網調査では,1998年に熊野灘沖でも1個体が採集されており(未発表,標本は東京大学海洋研究所所蔵),本種は南日本の太平洋岸沖に広く分布するのかもしれません. オオイトヒキイワシが腹鰭と尾鰭の伸長した鰭条で海底上に静止する姿は,まさに三脚そのものですが,学名の
"grallator" には「竹馬」の意味があります.本種の伸長した鰭条は,イトヒキイワシ属の中ではもっとも長く,標準体長を越えるため,同属の他種との識別は容易です.また,本種の胸鰭鰭条は上下に分かれず,鰭条も短いことも識別形質のひとつです.「三脚魚」は海底上に静止し,胸鰭の鰭条を広げて,流れてくる餌を待ちかまえています.本種の長い「脚」は本属の中ではもっとも特殊化していますが,いっぽう胸鰭の特殊化の程度は他種と比べるとかなり低いのです.このような形態は,その進化や生態と関係していると想像しますが,どのような秘密が隠されているのでしょうか?
参考文献 遠藤広光・岩崎 望・町田吉彦・岩井雅夫・門馬大和.1999.曳航体カメラによる室戸沖深海底生性魚類および甲殻類の予備調査. JAMSTEC深海研究,(14): 411-420. Goode,
G. B. and T. H. Bean. 1886. Reports
on the result of dredging, under the supervision of alexander
Aggassiz, in the Gulf of Mexico (1877-78) and the Caribbean Sea
(1879-80), by the U.S. Coast Survey Steamer "Blake".
Part 28. Description of thirteen species and two genera of fishes
from the "Blake" collection. Bull. Mus. Comp. Ziil.
Harv. Univ. 12: 153-170. 井田 齋・松浦啓一.2003.小学館の図鑑 NEO 魚.小学館,東京.pp.
200. Jones,
A. T. and K. J. Sulak. 1990. First
central Pacific plate and Hawaiian record of the deep-sea tripod
fishes Bathypterois grallator (Pisces: Chlorophthalmidae).
Pacific Sci., 44 (3): 254-257. Nakabo, T. 2002. Ipnopidae.
Pages 360, 1484 in T. Nakabo, ed. Fishes of Japan with pictorial
keys to the species, English edition. Tokai University Perss,
Tokyo. Nelson,
J. S. 1994. Fishes of the world.
3rd ed. John Wiley & Sons, Inc., New York. pp. 600. Okiyama, M. 1986. Ipnopid fishes (Myctophiformes) from the
western North Pacific. T. Uyeno, R. arai, T. Taniuchi, and K.
Matsuura, eds. Page 952 in Indo-Pacific fish biology. Proceedings
of the second international conference on Indo-Pacific fishes.
The Ichthyological Society of Japan, Tokyo. (Abstract) 沖山宗雄. 1988. 底生深海魚の生活史と変態.上野輝彌・沖山宗雄編. Pp. 78-99, 現代の魚類学.朝倉書店. Sulak, K. J. 1977. The
systematics and biology of Bathypterois (Pisces, Chlorophthalmidae)
with a revised classification of benthic myctophiform fishes.
Galathea Rep., 14: 49-108, 4 pls. Sulak,
K. J. 1984. Chlorophthalmidae
(including Bathypteroidae, Benthosauridae, Ipnopidae). P. J.
P. whitehead, M.-L. Bauchot, J. -C. Hureau, J. Nielsen, and E.
Tortones. Pages 412-420 in Fishes of the North-eastern Atlantic
and Mediterranean. Volume I. Unesco, Paris. Sulak,
K. J. and Y. N. Shcherbachev. 1988. A
new species of tripodfish, Bathypterois (Bathycygnus)
andriashevi (Chlorophthalmidae), from the western South
Pacific Ocean. Copeia, 1988 (3): 653-659. Shcherbachev,
Y. N. and K. J. Sulak. 1988. A
new species of the genus Bathypterois (Fam. Chlorophthalmidae)
from the eastern part of the Indian Ocean. J. Ichthyol., 1988
(3): 491-493.
写真標本データ:BSKU 76791, 274 mm SL,2005年11月16日,高知県室戸岬沖の水深2761-2251mで採集,調査船淡青丸,3mビームトロール,採集者:町田吉彦,遠藤広光,三宅崇智,写真:三宅崇智.
(遠藤広光)
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