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2026年3月の魚

イドミミズハゼ Luciogobius pallidus Regan, 1940 (ハゼ目ハゼ科)
ハゼ科ミミズハゼ属 Luciogobius Gill, 1859のイドミミズハゼは,体の色素が薄く眼が退化した地下水生の魚類であり,背鰭総鰭条数が10-13,臀鰭総鰭条数が10-13,総脊椎骨数が34-37,腹椎骨数が18-19などの点が標徴とされます(渋川ほか,2019).L. pallidus はTomiyama (1936) がミミズハゼ L. guttatus guttatus の個体変異として示した,堀抜井戸から得られた標本(体の色素が薄く,眼が退化縮小して皮下に埋没する特徴をもつ)の挿図を基に,Regan (1940) によって新種記載され,松原(1955)によってイドミミズハゼの和名が提唱されました.したがって,Tomiyama (1936) が用いた和歌山県日高郡御坊町,愛媛県宇和島市,および高知県幡多郡三崎村産の計3標本が本種のシンタイプとなります(渋川ほか,2019).
当初は一部地域の井戸から稀に得られる極めて珍しい魚とされていましたが,当研究室の爲家節弥氏と岡村 收教授による高知県新荘川での調査により,河床を掘ることによって容易に複数の標本が得られる場合があることが発見されました(為家・岡村,1976;道津,1979).以後,依然稀少種とはされながらも(環境省,2020),本種の分布域は新潟県および茨城県から鹿児島県までの各地,さらには韓国(巨済島,済州島)にまで広がっています(Kim, 2012;明仁ほか,2013;渋川ほか,2019;是枝ほか,2020;山下ほか,2021;OhmyNews,2024;小熊ほか,2025).
高知県では本種について,河川環境の悪化に極めて弱く,新荘川が全国的に貴重な多産地であるとされたことなどから,絶滅危惧T類および高知県指定希少野生動植物としています(岡村,2002;遠藤,2018).しかし,高知県では新荘川以外の生息状況はよくわかっていないのが実情でした(遠藤,2018).そこで,当研究室において網羅的かつ徹底的な調査を行ったところ,県内約40もの水系に生息し,新荘川と同等以上に多産する河川も複数あることが明らかになりました(山上ほか,2023;岡村ほか,2024,2026).地下水生魚類は網や釣りといった通常の魚類相調査では発見できないことから,生息状況が過小評価されてきたと考えられます(乾・小山,2014;山下ほか,2021;岡村ほか,2024).
かねてより,イドミミズハゼには複数種の混在が示唆されてきました(例えば,吉田ほか,2006;渋川ほか,2019;奥村ほか,2021;岡村ほか,2024).中でも,渋川ほか(2019)はシンタイプ3標本中に2型を認め(高知県産標本と和歌山県および愛媛県産標本),奥村ほか(2021)は淡水域の標本群(淡水型)と汽水域の標本群(汽水型)の間で形態的差異があるとしました.しかし,淡水型と汽水型は,奥村ほか(2021)が示した脊椎骨数などの計数計測値は標本数を増やすと変異幅が重複して識別形質とはなりえません(岡村ほか,2024,2026;平嶋,2024;小熊ほか,2025).一方,生鮮時には次の形態と色彩の差異から見分けることができます(岡村ほか,2024,2026;東京海洋大学動植物研究会,2025).淡水型は頭部背面の輪郭が体軸方向にやや細長い角丸四角形で,眼と胸鰭基底の中間のやや後方で頭幅が最大(対 汽水型:長い卵形で,眼と胸鰭基底の中間付近で頭幅の最大),眼窩周辺の陥没が深く,その後方では左右がやや隆起して頂部は平坦 (対 陥没が浅く,その後方では左右が隆起して頂部は膨れる),眼窩後方の左右の隆起に白みを帯びる部分がある (対 ない).加えて,淡水型と比べて汽水型は体色が濃く(岡村ほか,2024,2026; Ito et al., 2025),岡村(2002)の柿色やKim (2012)の朱紅色という表現がよく合います.ただし,本属魚類はホルマリン固定によって形態と色彩が大きく変化することが知られ,本種も例外ではありません(渋川ほか,2019;山下ほか,2021;井藤ほか,2024;岡村ほか,2026).もっとも,当研究室の山上竜生氏の研究では,神経頭蓋にも形態的差異を見出しています(岡村ほか,2026).
また,両者はmtDNAの系統解析により,遺伝的に明瞭に分化していることが示されています(岡村ほか,2024,2026;井藤ほか,2024; Ito et al., 2025).さらに,イドミミズハゼは秋から冬に産卵するとされますが(岡村,2002;平嶋,2024),淡水型の抱卵個体は春から夏に得られており,既往研究の多くは汽水型の知見と考えられるため,両者は産卵期が異なる可能性があります(岡村ほか, 2026).本稿のBSKU 160132は3月採集ながら既に卵が外側から透けて見えるため,春産卵を裏付ける標本です.そして,イドミミズハゼには同属にホロタイプ以外の標本が得られていないネムリミミズハゼ L. dormitoris Shiogaki and Dotsu, 1976 があります.吉田ほか(2006)とIto et al.(2025)は,形態的特徴がネムリミミズハゼに類似する標本を採集したが,mtDNA分析の結果にイドミミズハゼとの差異はなかったとしました.岡村ほか(2024)は形態と色彩の特徴などから,吉田ほか(2006)の標本は汽水型と同一の可能性があるとしています.Ito et al. (2025)は,同研究の標本がイドミミズハゼの中でも汽水型の遺伝的変異に完全に内包されたとしています.つまり,ネムリミミズハゼとイドミミズハゼ汽水型は種内変異の可能性があります(Ito et al., 2025).当研究室の坪井尚美氏の研究によれば,高知県からも10年以上前にネムリミミズハゼに類似する標本が多数得られていたようですが,当該標本群は現在行方が確認できません.
なお,前述のイドミミズハゼの分布記録はほとんどが汽水型と考えられ,淡水型は高知県の17水系と,県外では静岡県,三重県,和歌山県,徳島県,宮崎県,および島根県の各1-3水系から知られるのみです(奥村ほか,2021;岡村ほか,2024,2026;井藤ほか,2024;東京海洋大学動植物研究会,2025;村瀬ほか,2026;荒尾・武藤,2026).淡水型は汽水型に比べて地下水への依存度が高いことが示唆されるため(岡村ほか,2024,2026),本県に地下水が豊富な清浄な河川が多い証拠として重要な存在といえるでしょう. 最後に,岡村ほか(2024,2026)の上梓に至るまで,過酷な調査と研究にご協力いただいた魚研の諸氏,ご助力いただいた研究者の方々,難題や珈琲を粉砕していただいた先生への感謝の意を記して筆をおきたいと思います.
引用文献
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荒尾一樹・武藤 滉.2026.イドミミズハゼ,p. 103.三重県農林水産部みどり共生推進課(編)三重県レッドデータブック2025−三重県の絶滅のおそれのある野生生物−6汽水・淡水魚類.三重県農林水産部みどり共生推進課,津.
道津喜衛.1979.ミミズハゼ類の生活史研究覚書.淡水魚, 5: 80-84.
遠藤広光.2018.イドミミズハゼ,p. 99.高知県レッドデータブック(動物編)改訂事業 改訂委員会(編)高知県レッドデータブック2018 動物編.高知県林業振興・環境部環境共生課,高知.
平嶋健太郎.2024.和歌山県紀の川河口域におけるイドミミズハゼの生息環境および生殖腺指数,肝重量指数,消化管内容物の季節変化.南紀生物,66: 3-8.
乾 隆帝・小山彰彦.2014.本州・四国・九州の河口干潟に生息するハゼ類.魚類学雑誌,61: 105-109.
井藤大樹・乾 隆帝・松井彰子.2024.島根県高津川から採集されたイドミミズハゼ淡水型.Ichthy, Natural History of Fishes of Japan, 48: 33-40.
Ito, T., S. Matsui, K. Hirashima and R. Inui. 2025. Is Luciogobius dormitoris (Perciformes: Gobiidae) a valid species? Comparative morphology of two subterranean species of the genus Luciogobius. Journal of Asia-Pacific Biodiversity, corrected https://doi.org/10.1016/j.japb.2025.08.005 proof: (in press).
環境省.2020.環境省レッドリスト2020の公表について.https://www.env.go.jp/press/107905.html (31 Mar. 2026).
Kim, B. J. 2012. New record of a rare hypogean gobiid, Luciogobius pallidus from Jeju Island, Korea. Korean Journal of Ichthyology, 24: 306-310.
是枝伶旺・久木田直斗・本村浩之.2020.絶滅危惧魚類イドミミズハゼの鹿児島湾からの初めての記録.Nature of Kagoshima, 46: 267-269.
松原喜代松.1955.魚類の形態と検索 II.石崎書店,東京.1605 pp.
村瀬敦宣・緒方悠輝也・阪本竜也・栗原巧・岩倉基.2026.森が水を育むまち 門川町周辺の水生生物ガイドブック.宮崎大学農学部附属次世代農学教育研究センター延岡フィールド,延岡.
小熊進之介・山崎和哉・外山太一郎・金子誠也・平嶋健太郎・加納光樹.2025.茨城県那珂川河口域で採集された準絶滅危惧種イドミミズハゼ種群(ハゼ科)の仔魚の記録.茨城県自然博物館研究報告,28: 73-79. LINK
OhmyNews. 2024. 世界的稀貴種「イドミミズハゼ」,巨済から発見.(In Korean) https://m.ohmynews.com/NWS_Web/Mobile/at_pg.aspx?CNTN_CD=A0003033003(31 Mar. 2026).
岡村恭平・山上竜生・高橋弘明・甲斐嘉晃・遠藤広光.2024.高知県におけるイドミミズハゼ種群の分布・生息状況および形態的・遺伝的特徴.Ichthy, Natural History of Fishes of Japan, 43: 20-37. LINK J-Stage
岡村恭平・山上竜生・松永 翼・橘 皆希・太田 翔・高橋弘明・甲斐嘉晃・遠藤広光.2026.高知県におけるイドミミズハゼとドウクツミミズハゼ近似種の追加記録.Aquatic Animals,2026: AA2026-17.
岡村 收.2002.イドミミズハゼ,pp. 194-195.高知県レッドデータブック[動物編]編集委員会(編)高知県レッドデータブック[動物編]―高知県の絶滅のおそれのある野生動物―.高知県文化環境部環境保全課,高知.
奥村大輝・井藤大樹・乾 隆帝.2021.徳島県南部の3河川で得られたイドミミズハゼ(スズキ目:ハゼ科)の記録.四国自然史科学研究,14: 12-18. LINK
Regan, C. T. 1940. The fishes of the gobiid genus Luciogobius Gill. Annals and Magazine of Natural History (Series 11), 5: 462-465.
渋川浩一・藍澤正宏・鈴木寿之・金川直幸・武藤文人.2019.静岡県産ミミズハゼ属魚類の分類学的検討(予報).東海自然誌,12: 29-96. LINK
為家節弥・岡村 収.1976.イドミミズハゼ Luciogobius pallidus の生態について.昭和51年度日本魚類学学会年会講演要旨集.日本魚類学会,東京.28 pp.
東京海洋大学動植物研究会.2025.図録 ミミズハゼ属群.東京海洋大学動植物研究会,東京.
Tomiyama, I. 1936. Gobiidae of Japan. Japanese Journal of Zoology, 7: 37-112.
山上竜生・岡村恭平・高橋弘明・遠藤広光.2023.高知県における地下性ミミズハゼ属魚類の分布と生息状況.高知大学理工学部紀要第6巻別冊第1号,第114回土佐生物学会大会講演要旨集.
山下龍之丞・菅 駿之介・碧木健人・山川宇宙.2021.石川県および兵庫県の日本海沿岸から得られたイドミミズハゼ.Ichthy, Natural History of Fishes of Japan, 10: 13-20.
吉田隆男・道津喜衛・深川元太郎・宮木廉夫.2006.長崎県大村湾産イドミミズハゼO型,Luciogobius sp.の生態,生活史と飼育.長崎県生物学会誌,6: 113-125.
写真標本: 上(淡水型);BSKU 160132,32.4 mm SL,高知県安芸市 赤野川,2026年3月28日, 下(汽水型);BSKU 138743,48.6 mm SL,高知県須崎市 入戸川,2025年5月31日, 採集・撮影:岡村恭平・橘 皆希.
(岡村恭平)
2026年2月の魚
ヒメテングハギ Naso annulatus (Quoy and Gaimard, 1825)(ニザダイ目ニザダイ科)
今回は節分にちなんで,成魚になると立派な鬼の角のように見える立派な吻をもつ魚について紹介します.吻とは眼より前方の部分のことをいいます(中坊・中山,2013).
ヒメテングハギ Naso annulatus (Quoy and Gaimard, 1825)は紅海を含むインド・太平洋に分布し,国内では小笠原諸島や駿河湾以南からも記録されています(千葉,2013;Golani,2025).Naso という属名はラテン語の natus(鼻)に由来し,その特徴的な外見が表されています(中坊・平嶋,2015).種小名のannulatus はラテン語で「環形の」という意味であり,尾鰭基部に白色の輪状模様があることや背鰭から尾鰭,そして臀鰭にかけて白く縁どられることに由来するようです.(Quoy and Gaimard, 1825;中坊・平嶋,2015).冒頭で吻を「鬼の角」と例えましたが,英語では「unicornfishes」と呼ばれ,額に1本の角をもつ伝説の生きもの「ユニコーン」になぞらえられています.本種は尾鰭の後縁が白く,吻基部から上顎・吻基部から眼の前縁までの長さがほぼ等しい,背鰭が 5-6 棘 28-29 軟条,臀鰭が2棘 27-30 軟条,胸鰭が 17-19 軟条,腹鰭が1棘3軟条という特徴をもちます(島田,2013).その他に,雄では尾鰭の両端が糸状に伸びることも目を引きますが,尾鰭の菊の花びらのような模様も特徴的です(吉野・瀬能,2023).同じテングハギ属では色鮮やかな種もいますが,ヒメテングハギは全体的に灰色であり,どこか落ち着いた印象も受けます.写真の個体は体長 158.7 mm であるため,成魚に見られる角状突起が発達していません.それもそのはず,成魚は吻も含めて全長1 mにもなるそうです(Kuiter and Debelius, 2001).長い吻突起をもつヒメテングハギからみた景色はどのように映っているのか,そして邪魔ではないのか気になるところです.いつか長い吻をもつ成魚を実際に見てみたいものです.幼魚は単独,または小さな群れで生活しますが,何倍もの大きさに成長した成魚は,岩礁域やサンゴ礁域で群れをつくって暮らしています(Kuiter and Debelius, 2001;千葉,2013).
本種は仔稚魚の浮遊期が長く,一部は東太平洋の島嶼にまでも分散します(瀬能ほか,2013).ニザダイ科の幼魚は特徴が少なく,同定が困難です(小枝,2020).ニザダイ科6属約80有効種のうち,その稚魚が知られているのは全体の10%未満といわれています(Leis,2015; 古橋・本村.2024).福井ほかによると,テングハギ属の稚魚もニザダイ科全体と同様に,日本産の本属13種のうち,3種の幼期がしられるのみです(福井ほか,2014).これからの研究で,本属の仔稚魚がさらに明らかになっていくのが楽しみです.
ヒメテングハギは,仔稚魚の時代はかなり小さく,海の流れに身を任せて漂っていますが,成長するにつれ自分の意思で力強く泳ぎます.私も周りの流れにとらわれず,自分の意思をもって行動できる人に成長したいです.
参考文献
千葉 悟.2013.ニザダイ科.本村浩之・出羽慎一・古田和彦・松浦圭一(編),pp. 351-352.鹿児島県三島村 硫黄島と竹島の魚類.鹿児島大学総合研究博物館,鹿児島.
福井 篤・真鍋卓巳・小沢貴和.2014.ニザダイ科.沖山宗雄(編),pp. 1348-1357.日本産稚魚図鑑第二版,東海大学出版会,秦野.
古橋龍星・本村浩之.2024.奄美大島から得られた標本に基づく日本初記録のニザダイ科 魚類 Acanthurus auranticavus マジナイクロハギ(新称).魚類学雑誌, 71(2): 163−171
Golan, D.2025.Update of Red Sea (Lessepsian) fish species in the Mediterranean Sea since the 2nd CIESM Atlas of Exotic Fish. Mediterranean Marine Science, 26(1):149-155.
小枝圭太.2020.スズキ目ニザダイ科Acanthuridae.小枝圭太・畑 晴陵・山田守彦・本村浩之(編),pp. 484-489.大隈市場魚類図鑑.鹿児島大学総合研究博物館,鹿児島.
Kuiter, R. H. and H. Debelius. 2001. Surgeonfishes, rabbitfishes and their relatives. TMC Publishing, Chorleywood. 208 pp.
Leis, J. M. 2015. Taxonomy and systematics of larval Indo-Pacific fishes: a review of progress since 1981. Ichthyological Research, 62: 9-28.
中坊徹次・平嶋義宏.2015.日本産魚類全種の学名 語源と解説.東海大学出版部,秦野.372 pp.
中坊徹次・中山耕至.2013.魚類概説.中坊徹次(編),pp. 3-30.日本産魚類検索.全種の同定.第三版.東海大学出版会,秦野
Quoy, J. R. C. and J. P. Gaimard. 1825. Description des Poissons. Chapter IX. In: Freycinet, L. de, Voyage autour du Monde...exe´cute´ sur les corvettes de L. M. 192-401 [1-328 in 1824; 329-616 in 1825], Atlas pls. 43-65.
瀬能 宏・御宿昭彦・伊東正英・本村浩之.2013.日本初記録のニザダイ科テングハギ属の稀種マサカリテングハギ(新称)とその分布特性.神奈川県立博物館研究報告(自然科学), 42 : 91-96.
島田和彦.2013.ニザダイ科Acanthuridae.中坊徹次(編),pp. 1619-1631, 2215-2218.日本産魚類検索.全種の同定.第三版.東海大学出版会,秦野.
吉野雄輔・瀬能 宏.2023.山渓ハンディ図鑑13 改訂版 日本の海水魚.山と渓谷社,東京.543pp.
*ぼうずコンニャクの市場魚貝類図鑑のヒメテングハギのページ
写真標本:BSKU 135777, 158.7 mm SL, 2024年4月14日, 高知県土佐清水市養老,あしずり港,釣り,採集者:道下遥香.
(道下遥香)
2026年1月の魚
アズマハナダイ Zalanthias azumanus (Jordan and Richardson, 1910)(ペルカ目ハナダイ科)
高知大学理工学部生物科学科 海洋生物学研究室ホームページをご覧の皆様,本年もどうぞよろしくお願いいたします. 1月は縁起の良い紅白飾りを身に纏った魚をご紹介します.
昨年,ハナダイ科魚類の中で最多の有効種数を含んでいたイズハナダイ属 Plectranthias Bleeker, 1873は,包括的な分子系統解析を基にした分類学的な研究が行われ,従来のイズハナダイ属は2新属を含む7属に細分されました(Tang and Chen, 2025).そのうち,アズマハナダイ属 Zalanthias Jordan and Richardson, 1910 は旧イズハナダイ属の標徴に加え,尾鰭分枝鰭条数が8+7,胸鰭軟条が上部の1-2軟条を除いて分枝する,上神経棘が3本,体長に対する眼窩間長が通常5.0-6.3 %(Zalanthias kelloggi では7.0-8.3 %),前鰓蓋骨下部に棘をもたない,胸鰭腋部が被鱗する,各鱗の基部および周縁部に微小棘帯をもつことなどの特徴で同科他属と識別されます(Tang and Chen, 2025).
Tang and Chen (2025)によると,本属には日本に分布するアズマハナダイ Zalanthias azumanus (Jordan and Richardson, 1910) をはじめ,Z. alleni (Randall, 1980), Z. bilaticlavia (Paulin and Roberts, 1987), Z. exsul (Heemstra and Anderson, 1983), Z. kelloggi (Jordan and Evermann, 1903), Z. maculicauda (Regan, 1914), Z. melanensis (Randall, 1980), Z. nazcae (Anderson, 2008), Z. parini (Anderson and Randall, 1991) の9有効種が含まれます.そのうち,アズマハナダイは計数形質や内部骨格などの特徴が Z. kelloggi,Z. maculicauda,および Z. melanensis に類似しますが,側線有孔鱗数が33-37(vs. Z. maculicauda では32-35,Z. melanensis では 32-34),成魚の下顎が被鱗する(Z. maculicauda では無鱗),体側面中間部の鞍状横帯の下端は臀鰭基底の横列鱗 2-3 枚分上方に達する(Z. kelloggi と Z. maculicaudaでは体側面の中央付近まで,Z. melanesius では腹縁部に達する),尾柄部に縦列鱗 3-5枚分の幅で,下縁が側線より横列鱗 1-2枚分下方まで達する色素胞が密集した鞍状斑をもつ(Z. kelloggi では幅が縦列鱗 5-6枚分で、下縁が側線に一致する鞍状斑,Z. maculicauda では尾柄中央部に縦長で、横列鱗 3-5枚分の幅をもつ楕円形斑,Z. melanesius では尾柄の背縁から腹縁に達する横帯)特徴などで容易に識別されます(Gill et al., 2021; 和田ほか,2022).
アズマハナダイは,Steindachner and Doderlein (1883) の「日本の魚類に関する知見への貢献」(ドイツ語)の中で,東京湾産の数が未特定の標本に基づき,ルートヴィッヒ・デーデルライン(Ludwig H. P. Doderlein,1855-1936)によりAnthias japonicus Doderlein in Steindachner and Doderlein, 1883 として記載されました.Doderleinは明治時代にお雇い外国人教師として来日したドイツ人の生物学者で,1879年から1881年まで東京帝国大学医学部に雇われて日本に滞在していました.しかし,その後 Jordan and Richardson (1910)は,Anthias japonicus Doderlein in Steindachner and Doderlein, 1883 が A. japonicus Bloch, 1793 [現在のヨコシマタマガシラ属 Scolopsis の Scolopsis vosmeri (Bloch, 1792)] によって先取されていたことを指摘し,Pseudanthias azumanus の置換名を提唱しました.さらに,Jordan and Richardson (1910)は Anthias kelloggi Jordan and Evermann, 1903 をタイプ種として,蒲原稔治博士が設立した Zalanthias を亜属のランクとして,本種をこれに含めたため,学名は Pseudanthias (Zalanthias) azumanus Jordan and Richardson, 1910 となりました.その後,Katayama (1959, 1960) は Zalanthias を独立属として扱い,Zalanthias azumanus としました.さらにその後,Randall (1980) は旧イズハナダイ属 Plectranthias Bleeker, 1873 の包括的な分類学的再検討を行い,Zalanthias を Plectranthias の新参異名としただけでなく,P. azumanus を,ハワイ諸島をタイプ産地とする P. kelloggi と同一種とみなし,新参異名としました.また,両者の差異は亜種として扱いうる範囲にあると考え,Plectranthias kelloggi azumanus (Jordan and Richardson, 1910) としました.その後,瀬能(2013)などでは,亜種として取り扱われています.一方,Randall (1996) は P. azumanus を P. kelloggi の新参異名とみなし,Kuiter (2004) は P. azumanus を有効種として扱うなど,学名の扱いは必ずしも統一見解が得られていませんでした.しかし,Gill et al. (2021)は P. kelloggi と P. azumanus が外部形態と体色により明瞭に識別できるとして,両者を有効種として扱いました.これを受け,中村・本村(2022)や和田ほか(2022)などの近年の報告でも,両種はそれぞれ有効種とされています.そして,Tang and Chen (2025)によりZalanthias は再び有効属として復活したため,アズマハナダイに適用される学名は Zalanthias azumanus となりました.
アズマハナダイは日本,韓国,台湾,オーストラリア,およびベトナムから報告されています(和田ほか,2022; Tang et al., 2025).一方,日本近海においては,茨城県から宮崎県にかけての本州−九州太平洋沿岸,秋田県から長崎県にかけての本州-九州日本海沿岸をはじめ,薩摩半島西岸,鹿児島湾,新潟県佐渡島,隠岐諸島近海,長崎県対馬,五島列島,鹿児島県薩摩川内市西沖の鷹島,大隅諸島口永良部島,屋久新曽根を含むトカラ列島,奄美群島奄美大島,沖縄諸島,八重山諸島,西七島海嶺・正徳海山,九州−パラオ海嶺,沖縄舟状海盆,および東シナ大陸棚縁辺部から記録があります(和田ほか,2022).本種は通常水深 60-280 m に生息するとされ(Gill et al., 2021),和田ほか(2022)は日本近海における包括的な分布と水温との関係から,本種が水温 8-18 ℃の範囲に適応可能と推測しています.日本国内の太平洋および東シナ海では,比較的高緯度に位置する相模湾や駿河湾において,1-3 月の低水温期に水深 30-31 m で観察されているほか,高知県沖の島近海で記録された水深 400 m を除くと,比較的低緯度の沖縄県伊江島沖では水深 330-350 m,さらに低緯度に位置する台湾では水深 400 m から採集されています.このように,本種は低緯度海域ほど生息水深が深くなるという顕著な傾向が知られています.
アズマハナダイは標準体長が約 120 mm 程度の小型魚ではありますが,貪欲に餌を捕食する性質をもつため,トワイライトゾーンで行われる深海小物釣りにおいて,美しいゲストとして出会うことがしばしばあります.また,私が過去に訪問した台湾北部の市場では,本種と同様に旧イズハナダイ属に含まれていたイズハナダイ Plectranthias kamii Randall, 1980,キオビイズハナダイ Plectranthias sheni Chen and Shao, 2002,そして Plectranthias purpuralepis Tang et al., 2020 などとまとめて販売されている様子を目にし,実際に購入しました(写真).また,このように販売されている理由として,現地では,タイ科やキントキダイ科,アマダイ科魚類を対象とした沖合釣りによって混獲されていると現地の方から伺いました.
本種は臆病な性格に加え,入り組んだ地形を好むハナダイ科魚類であることから,岩礁域に生息するという印象を持つ方が多いと思われます.しかし,本種が砂礫底からも採集されることは,あまり知られていないかもしれません(山田,1986).実際に,土佐湾の砂礫底で操業される大手繰り漁(沖合底曳網漁)でも漁獲されます.高知県で水揚げされたアズマハナダイは,ヒメ属魚類やホウボウ科魚類とともに「天ぷら(魚のすり身を用いたさつま揚げ)」へ加工され,意識していなくとも,高知県で天ぷらを口にしたことのある方は,間接的にアズマハナダイを味わっているのかもしれませんね.
引用文献
Gill, A. C., J. J. Pogonoski, G. I. Moore and J. W. Johnson. 2021. Review of Australian species of Plectranthias Bleeker and Selenanthias Tanaka (Teleostei: Serranidae: Anthiadinae), with descriptions of four new species. Zootaxa, 4918: 1-116.
Jordan, D. S. and R. E. Richardson. 1910. A review of the Serranidae or sea bass of Japan. Proc. U.S. Natl. Mus., 37: 421-474.
Katayama, M. 1959. Studies on the serranid fishes of Japan (I). Bull. Fac. Educ. Yamaguchi Univ., 8: 103-180.
Katayama, M. 1960. Fauna Japonica. Serranidae (Pisces). Biogeographical Society of Japan, Tokyo. i-viii + 1-189 pp., pls. 1-86.
Kuiter, R. H. 2004. Basslets, hamlets and their relatives: a comprehensive guide to selected Serranidae and Plesiopidae.TMC Publishing, Chorleywood. 216 pp.
Randall, J. E. 1980. Revision of the fish genus Plectranthias (Serranidae: Anthiinae) with descriptions of 13 new species. Micronesica, 16: 101-187.
Randall, J. E. 1996. Two new anthiine fishes of the genus Plectranthias (Perciformes: Serranidae), with a key to the species. Micronesica, 29: 113-131.
瀬能 宏.2013.ハタ科.中坊徹次(編),pp. 757^ 802, 1960^1971.日本産魚類検索 全種の同定 第三版.東海大学出版会,秦野.
Steindachner, F. and L. Doderlein. 1883a. Beitra¨ge zur Kenntniss der Fische Japans (I.). Anz. Kaiserl. Akad. Wiss. Wien, Math.-Naturwiss. Kl., 20(7): 49-50.
Tang, C.-N. and W.-J. Chen. 2025. A 40-year taxonomic enigma: multigene phylogeny resolves the polyphyly of Plectranthias (Perciformes: Anthiadidae) and supports a revised taxonomy. Zool. J. Linn. Soc., 205(3): zlaf148.
Tang, C.-N., Q. V. Vo and A. C. Gill. 2025. Sayonara flavolineata (Perciformes: Anthiadidae), a new deep-water anthiadid perchlet from Vietnam. Raffles Bull. Zool., 73: 698-708.
山田梅芳.1986.アズマハナダイ,p. 144.山田梅芳・田川 勝・岸田周三・本城康至(編)東シナ海・黄海の魚類.水産庁西海区水産研究所,長崎.
和田英敏・前川隆則・甲斐嘉晃・本村浩之.2022.山形県飛島,鹿児島湾および奄美大島からのアズマハナダイ(ハナダイ科)の新たな分布記録,および本種の地理的分布と生息水深・水温の関連性.Ichthy, Natural History of Fishes of Japan, 24: 24-32.
写真標本:BSKU 137637, 98.3 mm SL, 2024年11月15日,高知県高知市御畳瀬漁港,大手繰り網,司丸,安芸市沖,水深130-140 m.採集者:筒井優太郎,澤入圭吾,肥後寛太郎,饗場空璃.
(饗場空璃)
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